6. おわりに

 イギリスのカントリーサイドで起こっていることは、経済的・社会的・文化的生活における広範な変化と切り離すことができない。アーリは、1990年代に優勢を争っているカントリーサイドの概念を以下のように整理する31)。第一に「空間の実践」のカントリーサイド。これは、市場原理によって生み出される明瞭な空間としてのカントリーサイドである。第二に「空間の表象」のカントリーサイド。これは、農村のイメージにあらわれるイングランドらしさ、スコットランドらしさの概念といったカントリーサイドに結びつく空間のイデオロギーである。第三に「表象の空間」のカントリーサイド。これは、異郷、暗部・神秘の場所、迷宮としてカントリーサイドをみることで、この概念は、均質化や解釈されるべきではないカントリーサイドを必要とする。この三つの概念は、手段に関心があるのか、保護に関心があるのか、その他の概念に関心があるのかで、衝突が起きる。

 イギリスの文化のなかで重要な役割を果たしているメディア・芸術・広告・デザインに従事しているグループは、新しい人気のあるスタイルに敏感で移り気である。それゆえ彼らによるカントリーサイドの過当な需要は、あらゆる手段をつくすかもしれないとして、アーリは次のような悲観的な見方を示す。21世紀には、きわめて異なる種類の人々によって「訪問される」、きわめて異なるカントリーサイドがあるかもしれない。神秘、記憶、驚異という「表象の空間」としてのカントリーサイドがたくさん残るかは疑わしい。そのような場所は、文字どおり消費され、使い果たされ、荒廃し、浪費されてしまっているかもしれない、と32)。

 そこでは、市場原理によるレジャーの対象としての、あるいはイデオロギーによる保護の対象としてのカントリーサイドがみられるにすぎず、第三のカントリーサイドの捉え方が残るかどうか疑問が投げかけられているのである。レジャーのため整備されたカントリーサイドを訪れるにせよ、保護の網が掛けられたカントリーサイドを訪れるにせよ、それはガイドブックが用意され、規範的なカントリーサイドの楽しみ方が呈示される空間となっていることになる。さまざまな情報探索の結果としてその場を訪れたとすれば、それだけ自由な解釈を束縛されてしまうことになる。

 さらに、そうして形成されたイメージにツーリストが集合的に反応すると、すなわちマス・ツーリズムの段階に至ると、ローカルなものが破壊され、環境への悪影響が生じる。それはカントリーサイドの特色が損なわれることである33)。カントリーサイドはその人気の高さゆえに問題を抱え込むことになる。

 そうしたなかで、カントリーサイドの持続可能性をめぐる広範な議論が展開されつつある。とくにイングランドでの関心が高く、それは政府の白書『ルーラル・イングランド』の刊行が1995年に始まったことでも理解できる34)。この内容もまた興味深いものであるが、別の機会に取り上げることにしたい。

    注

1) Department of the Environment and Ministry of Agriculture, Fisheries and Food (1995) Rural England, London: HMSO, p.101.

2) 以下の記述は次のものによる。

Towner, J. (1996) An historical geography of recreation and tourism in the western world 1540-1940, Chichester: John Wiley & Sons, pp.139-157.

3) スーデン, D., 山森芳郎・山森喜久子訳 (1997) 『図説 ビクトリア時代 イギリスの田園生活誌』東洋書林、254頁.

4) Bunce, M. (1994) The countryside ideal: Anglo-American images of landscape, London: Routledge, pp.1-38.

5) Waterson, M. (1994) The Natonal Trust: the first hundred years, The National Trust, p.60, p.73.

6) 前掲4) p.182.

7) The National Trust Magazine No.82, 1997 による。

8) The National Trust Handbook, 1997 による。

9) Office for National Statistics (1997) Social Trend 27, London: The Stationery Office, p.186. 数値はグレート・ブリテンにおける割合である。なお本稿ではグレート・ブリテンを慣用にしたがってイギリスと表記している。

10) Thrift, N. (1989) Images of social change, in Hamnett, C., McDowell, L. and Sarre, P. (eds) The changing social structure, London: Sage Publications. pp.13-42.

11) Department of the Environment and Ministry of Agriculture, Fisheries and Food (1996) Rural England 1996, London: The Stationery Office, p.44.

12) Urry, J. (1990) The tourist gaze: leisure and travel in contemporary societies, London: Sage Publications, p.99. [加太宏邦訳 (1995) 『観光のまなざし−現代社会におけるレジャーと旅行−』法政大学出版局].

13) 前掲12) p.98.

14) Derbyshire Countryside (1990) Tissington, p.5.

15) Bryant, J. (1996) Turner: painting the nation, English Heritage, 102p.

16) Lyons, D. (1996) Land of poets: English lakes, London: Promotional Reprint Company, 64p.

17) 前掲5) pp.89-96.

18) The National Trust (1994) Lake district landscapes, p.3.

19) Royal Parks (1993) London's royal parks souvenir guide, 103p.

20) English Tourist Board (1996) Sightseeing in the UK 1995, London: BTA/ETB Reserch Services による.

21) 拙稿 (1997) 「キャプテン・クック・カントリーとエンデバー号−イギリスにおけるツーリズムの一形態−」えりあぐんま4、37-44頁。

22) 川崎寿彦 (1987) 『森のイングランド−ロビン・フッドからチャタレー夫人まで−』平凡社、333頁.

23) James, N.D.G. (1981) A history of English forestry, Oxford: Basil Blackwell, pp.86-87.

24) Rackham, O. (1990) Trees & woodland in the British landscape: revised edition, London: Phoenix Giant, p.166.

25) 前掲24) p.14.

26) 前掲22) 230-257頁.

27) Nottinghamshire County Council (1997) Sherwood forest country park: Summer & Autumn Events による。

28) Dann, G.M S. (1997) The green green grass of home: nature and nurture in rural England, in Wahab, S. and Pigram, J.J. (eds) Tourism, development and growth: the challenge of sustainability, London: Routledge, pp.257-273.

29) Pitkin Guides (1996) Robin Hood Country, 28p.

30) The English Heritage Visiters' Handbook, 1997 による。

31) Urry, J. (1995) Consuming places, London: Routledge, pp.220-222.

32) 前掲31) pp.227-229.

33) 前掲28).

34) 前掲1), 11).


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