群大広報 No.136 (1998) 掲載 <私の研究>
わたしの関心は、村落空間がどのように構成されてきたのか、そこに住むムラ人が自らの環境(自然と文化)をどのように認識しているのか、ということにあります。これまでは、もっぱら日本の農山村をフィールドに、各地で調査を積み重ねてきました。そして、文部省在外研究員として、1996年度末より9カ月間、イギリスに滞在する機会を得ることができました。そこで、ここでは、日本とイギリスの農村の相違について感じたことを、伝統と近代化との関係をめぐる議論にひきよせつつ、双方における博物館の比較を通して述べてみたいと思います。博物館は、それぞれの社会が自らの歴史、自文化と他文化との関係を表現する手段として、1980年代後半より注目されるようになってきました。
農村を展示する博物館として、日本では地方自治体の運営する郷土博物館・資料館が思い浮かびます。こうした場所を訪れたことがある人には見当がつくと思いますが、どこでも似たような構成です。歴史的な流れにしたがって、考古学的な発掘資料、中世・戦国時代の遺跡の写真、近世の町と村の史料、近代の風俗資料などがあり、傍らには古びた道具類が置かれているイメージがあります。農機具に関しては、鋤・鍬・千歯こぎ・千石どおしなどでしょうか。
一方、わたしの滞在したケンブリッジの周辺には、いくつもの博物館がありましたが、下の2枚の写真は、そのうちの一つ、イースト・アングリア生活博物館で撮ったものです。イースト・アングリアは、産業革命後のイギリスで先進的な農業の行われていたところです。なかでもノーフォークでは、エンクロージャーによって形成された大農場で、小麦・かぶら・大麦・クローバーの四輪作に家畜の肥育を加えた集約的な農業がみられました。そして1850年代以降、急速に機械化が進展し、それは蒸気機関と連結して使用されました。写真1は蒸気機関で稼働中の脱穀機とそれを見学する人々。写真2は蒸気機関が犂を動かしているところ。2台のエンジンが圃場の両端からケーブルを引き合って、徐々に前進しながら、広い農地を耕していきます。農村生活を展示する大半の博物館では、伝統的な輪作や在来種の家畜の飼育も行われています。また、写真に示したような各種イベントも設定されており、農業用機械の稼働する様子をみることができます。
写真1
写真2
いち早く工業化社会に入ったイギリスでは、大型機械が展示の対象となっていることに、日本との違いが感じられます。そして、農村の伝統にこだわる「生きた」博物館を楽しむ人々をみると、彼らの農村への強いノスタルジアを実感します。一方、日本では、農村生活の実演という試みは、民芸品づくり以外はあまりみられません。農作業などは、いまだ身近なためかもしれませんが、伝統的な技術・知識は大切にしていきたいものです。しかし、「創られた伝統」という議論も忘れるわけにいきません。展示・再現されるものは、過去そのままではなく、美化される傾向があるからです。